ひとりひとりのお陽さま / 障害者バンド「カーニバル」の軌跡
書 名 : ひとりひとりのお陽さま
サブタイトル: 障害者バンド「カーニバル」の軌跡
カテゴリー : 社会福祉/ボランティア/知的障害
著 者 : くすはら かずよ
定 価 : 1200円(本体1143円+消費税)
発 行 元 : JPS出版局
発 売 元 : 太陽出版
造 本 : 四六判/並製(ソフトカバー)、本文254ページ
ISBN4-88469-477-5
ISBN978-4-88469-477-7
内容紹介
合言葉は「わたしの歌を聞け!」
コンサートを実現しながら、地域の人たちの夢を巻き込んだ知的障害のある仲間たち「カーニバル」の感動の記録です。
「カーニバル」の軌跡を追いかけた自主製作映画『ありがとね」も全国各地で上映中。宮崎県の片田舎から、地域ボランティアの力の素晴らしさと可能性を見事に証明した本です。
目 次
第一章 カーニバル誕生
第二章 デビューへの道のり
第三章 十一人のお陽さま探し
第四章 地域ボランティアの「ちから」
第五章 輝いたお陽さまたち
第六章 映画「ありがとね」そして…
著者(くすはら かずよ)の横顔(著者略歴)
静岡市生まれ、宮崎県三股町在住、知的障害者のバンド「カーニバル」総合プロデュース
イントロダクション(「まえがき」より
一番かがやいた日
ステージには魔物がいる。だが彼らの場合、幕が上がった瞬間にその魔物を呑みこんでしまった。客席に手を振り、最初から愛嬌をふりまくステージングは、私の演出ノートにはなかった。こんなにも早く、自分たちのそれぞれの色でステージをモノにしてしまうなんて。ホールいっぱいの空気を全部引き寄せて味方にしてしまう彼らの術は、天から与えられたもの。私がいくら羨ましがっても、手にすることができないもの。
2004年12月10日。文化会館のステージ。ミュージシャンでもない、音楽の先生でもない私が、なぜここにいるのだろう。なぜ、今彼らと同じステージで踊っているのだろう。しり込みしていた日のわたしも、有頂天になった日の私も、絶望の中にいた私も、いえ、生まれ落ちた日からこれまでの人生のすべてが、このステージに向かっていたのだ。今どれ一つ欠けたとしても今日のステージは成立していない。ほら、見て見て、私の自慢の仲間たち。額から流れる汗をふこうともせず、はちきれんばかりの笑顔で堂々とステージを作り上げている。ほら、私を見て。今日の私は最高にうれしい。彼らと一緒に大きな花を咲かせている。
カーニバル。メンバーの多くは知的障害者と言われる人たちだ。障害と同時に素晴らしい才能を持って生まれた。そのことを私は知っているはずだった。彼らの才能を見せたくて、このステージを作ってきたのだから。だが、予想をはるかに越えた彼らの大きさ。私は彼らの何を知っていたと言えるのか。思い上がりに頬を打たれる。ステージの上で何度もその衝撃を味わいながらも、私は存分に楽しんだ。そして、どういうわけだろう。共に歌いながら、踊りながら、心の中で「ありがとう」しか思いつく言葉がないのだ。そう、ステージの私はまるで失語症。彼らにやっとのことで付いていっている自分を感じた。
まばゆい光の向こうから聞こえる手拍子。会場いっぱいのお客さま。あなた方がいなければ、今日の軌跡はないのだ。あなた方をお迎えする日を夢見てきた。人に見られることの喜びだけを想像して。あなた方が見たかったものと、彼らが見せているもの、そして私が見せたかったもの。拍手はそれが一つとなったしるし。うれしいね。好きなことがあるって。素敵だね。一人一人が輝いているって。生まれてきた意味を観客のすべてが共有した今、会場全体がこの奇跡的な瞬間に立ち会えたという共通の喜びで一つになっている。そう、それは大きなエネルギーとなって、ステージを大きく支えていた。
結成からたった1年半で自主コンサートをやり遂げた障害者バンド「カーニバル」。もはやカーニバルを語るのに1時間や2時間では足りない。ここに膨大な記録の山がある。関わる人すべてが笑顔になった珍しい活動の記録。そのエピソードの一つひとつを手にとって味わっていただきたい。顔がついほころんでしまうおいしさだ。しかも、元気の出るミネラルがいっぱいときている。本物で新鮮、産地直送だから、というばかりではない。挑戦する彼らを応援しようと手繰り寄せられた、たくさんの糸。新たに人と人とがつながっていく不思議さ。そこに、とてつもなく大きな可能性を感じるからかもしれない。
誰もが、どんな職業の人でも、どの地域でも、どんな状況でも、カーニバルのメッセージは波及していく。
推薦の言葉
障害者福祉のあり方を考えさせられる本 (宮崎県社会福祉協議会 会長 川越義郎)
「うちの子は、歌が好きなのよね。誰か教えてくれる人いないかな?」
そんな母のつぶやきから始まった、知的な障害を持つ仲間が集まった、歌のグループ『カーニバル』。
障害者保護から自立へと、障害者自立支援法も平成18年4月1日より施行され、障害者自身の社会参加が、より一層求められています。
支援を待つだけでなく、自らやれることを訴え、そして求めて活動を始めたカーニバル。その活動については注目すべきものであり、障害者福祉のありかたを考えさせるものであります。障害者そして家族。それに対して協力していただける方々。お互いの協力がなければ障害者の社会参加は成り立ちません。
カーニバルは、障害者の活動として成功している事例でありますが、今までの成果、これだけに止まらず、今後の展開に対して期待すると共に、第二のカーニバルの誕生を願ってやみません。
未だ見ぬ力(公刊に寄せて)(宮崎県三俣股町長 桑畑和夫)
「すごい……」。確かにすごい内容です。しかし真実。これから本書を読まれる皆さんに、ぜひお願いしたいことがございます。まずは、「カーニバルをその目で見ていただきたい。そして、肌で感じていただきたい」と。
本書は、障害者バンド「カーニバル」が歩んできた3年間の道のりとそこに笑顔で携わった大勢の人々の姿を、総合プロデューサーくすはらかずよさんがつぶさに著した本です。
結成5ヵ月の平成15年10月、カーニバルは鮮烈な「デビュー」を果たします。町が主催する社会福祉大会のステージのことでした。会場を揺さぶる拍手を背に歓喜の涙にくれた一同の姿は私の記憶にも新しいところです。以来、数々のオリジナル曲を生み出し、CDを制作し、自主コンサートも成し遂げました。今や映画となり、躍動する姿は歌声とともに全国のスクリーンで上映されています。
本書に登場する大勢の人々との関わりを、くすはらさんは「ここに膨大な記録がある。関わる人すべてが笑顔になった珍しい活動の記録」と表しています。その言葉のとおり、ボランティアはもちろん、舞台技術者や映画監督等々、それら関わるすべての人の笑顔が生き生きと輝き、充足する熱い思いが人々のつながりの輪をダイナミックに広げていきます。カーニバル…それはまさしく、人々の輪の力が磨きあげた宝石なのかもしれません。
さらに、こうした環の力に触発され続けて止まないくすはらさんの想像力は、ボランティアの持つ力やカーニバルメンバーの才能と魅力とを、美しくかつ観る者に感動を与える方法で体現していくこととなります。人と人とがつながる不思議さ、そこに生まれる力の偉大さ、そして、くすはらさん自らが共感せずにはいられない溢れる自信への率直な驚きと喜び…カーニバルが放ち始めた内なる光の刻々と、真摯に向き合われたくすはらさんの姿勢には改めて感服いたします。
「ここまでの広がりは想像できなかった」。カーニバルの活動を指してそんな声も耳にします。私はこの言葉ほど、人がもつ力や人々の輪がもつ力の無限性を感じさせる言葉はないと思うのです。くすはらさんは、「地域のボランティアの力は眠っている」といいます。眠れる力を掘り起こし、引き出すヒントを満載したのが本書と言い換えてもよいでしょう。
町内に暮らす母と子の「歌いたい」というささやかな願いから生まれたカーニバル。『共に在ること』が生み出す社会の有り様と可能性……当たり前のことのようですが、人々のつながりの輪とは「誰かがつくるもの」ではなく、「人の手で創りあげていくもの」だということ。その力は何ものにも替えがたいということ。それらを私たちに教え示す芽が、この三股の地で育まれていることを誇りに思います。笑顔とともに人々の輪が大きく広がり続けることでカーニバルが出会い、手にしていくであろう未だ見ぬ力。無限の成長を心から願って、私のメッセージとします。
人の輪を作りながら作った本 (高石左京)
私が両国に住んでいた頃、私のブログを見て、遠く宮崎県の片田舎から訪ねてきた一人の女性がいた。それがこの本の著者、くすはらかずよさんだった。最初はポツリポツリと、やがては熱を帯び、知的障害を持つ人たちのバンド「カーニバル」の結成からコンサートに至るまでの経緯を話し続けた。
「素晴らしい内容ですね。本にして紹介することも大切かも知れませんね」
「でもね、いかに素晴らしい内容であっても、カーニバルのことを知ってもらわない限り、誰も振り向いてくれませんよ」
「本にする前に、先ずはブログでカーニバルのことを紹介してみてはいかがですか」
「多くの人に、この活動を知ってもらうことも大切ですし、作った本を普及するための協力者を募ることも大切です」
「本にする原稿の反応を見ることも出来ますよ。どのように表現すれば分かってもらえるかも自ずと掴むことが出来ます」
その二日後、インターネットにつないだ私の眼に飛び込んできたのは『くすかの初めての本づくり』というブログだった。まさにストレートに、迷いなくドシンと球を投げ込んでくる。これはその後の彼女とのお付き合いの中でも、一貫した彼女の姿勢そのものだった。
ブログを始めてから1年ほど経った頃、原稿が送られてきた。1年ほどに及ぶ彼女のブログを読んでいたにも関わらず、読みながら胸が熱くなり、涙がにじんできた。
送られてきた原稿を手にした時から3日間、一睡もせずに原稿整理をして印刷所へと送り込んだ。そこまで私を熱狂させ夢中にさせる、深い思いが込められた原稿だった。
そして今も、くすはらさんは宮崎県の片隅で知的障害を持つ仲間たちと次の夢へ向かって走り続けている。遥かな雲の彼方から、時おり聞こえてくる彼女の現況や活動内容を耳にするとき、「やっぱり、くすはらさんらしいね」とビックリしたり、感心させられたりしている。いつもいつも、感動をありがとう。
レビュー

